2017年10月22日日曜日

水都「大阪」

豊臣秀吉が大坂城外堀として堀った東横堀川を筆頭に淀川デルタ地帯の排水と地面のかさ上げ用の土砂の必要から堀川が掘られ、その堀川は網の目のようにめぐらされた。
それらの堀川は舟運に利用され堀川沿いには、各藩の蔵屋敷や倉庫が並び大阪の発展に大きく寄与した。
明治以後も舟運目的に掘りつづけられ名称も運河といわれた。戦後になって、戦災の瓦礫処理のため、下水道の完備で不要となった堀川は埋め立てられ今では東横堀川・道頓堀川などが残るだけとなった。
天満堀川、長堀川、高津入堀川、難波新川、西横堀川、江戸堀川、京町堀川、海部堀川、阿波座堀川、立売堀川、薩摩堀川、堀江川、いたち川、十三間川、曽根崎川などは埋め立てられてしまった。




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